子育て専門家の頭の中

療育の専門家です。こどものこと、発達障害、知的障害、肢体不自由のこと、ときどきスピリチュアルについて日々の気づきを書きます。読んだ方のお役に少しでも立てたら幸いです。

卒業式 先生の涙につまっているもの

こんにちは。ブログへのご訪問ありがとうございます。

 

先日は息子の卒園式でした。

 

息子は毎日のように、「卒園式の練習がつらい」とぼやいていました。

3月になってから毎日のように卒園式の練習があったようです。

しかも我が息子の幼稚園は、卒園式にやたら力を入れています。

午前中と、お昼を食べて帰る前にもう一度、一日に2回も練習をしたそうです。

午後の練習では、寝てしまう子もいたと言っています。

 

そんな地獄の特訓を経て迎えた卒園式。

とっても立派でした。

一人一人が緊張感をもって、止まるところで止まり、深々と礼をして、左手、右手の順番で証書を受け取り、最初と最後の子は三方礼までして。

とっても立派でした。

 

余談ですが、とても面白かったのが姿勢です。

入場して、卒園証書を受け取るまではずっとみんな動かないように頑張って姿勢を保っていたのですが、ちょうど理事長先生の話のあたりから、みんな一斉にもぞもぞしだしました。

後ろから見ていると面白いくらい、子供たちの頭がゆらゆら揺れています。

時計を見ると、式が始まって45分が経過していました。

年長さんから小学校1年生くらいの子どもの集中力は45分が限界なんだ、ということがわかりました。

今後の仕事に役立つ知識を得られました(o^―^o)

 

話を戻します。

卒園証書授与は、先生が涙をこらえて呼名をしていました。

先生の震える声を聞いて、こちらもうるうるしてしまいます。

そして、保護者として先生の涙をみると、先生の涙に何が込められているかが全く分からない。

 

先生もうるうるきてるなー、としか感じない。

 

でも実際はそんなもんじゃないんです。

 

私は、先生だから、先生方の涙の意味がよりリアルに想像できます。

ですから、今日は先生の涙に込められたものについてお話したいと思います。

 

いくつかありますが、大きなものは

皆さんが想像する以上に、先生は毎日大変だったということです。

 

皆さんは、仕事をするときに泣いたことがありますか?

先生は、呼名をしながら胸がいっぱいになって涙をこらえます。

それは、子供たちが一人ひとり成長した姿が証書授与に集約されているからなんです。

 

子供たちとの毎日を必死に生きないと、涙は出ません。

一つの行事を成し遂げるために、どれだけの準備と指導と先生たちとの連携が必要か。

お腹が痛くなるくらい、運動会とかお遊戯会って大変です。

衣装を考えたり、協力してくれる先生方へ共通理解を図ったり、自分の思いを理解してもらったり。人間関係が悪いと、妥協、妥協、忍耐の中で、どうしたらその中でも子供たちのより良い姿を保護者に見てもらえるかを必死で考えます。

それくらい、行事って大変です。

 

心配性な親御さんへは、まめにお子さんの様子を連絡帳や電話で伝えないといけない。

 

幼稚園に行きたくない、と言っている子供へは、子供と保護者、どちらにも対応しなければならない。

 

発達障害をもったお子さんも学年に一人はいます。

 

独身ならまだしも、結婚していてお子さんがいる先生なら残業はできないし、家庭では母親としての役割も待っている。

 

園内の人間関係も大切です。癖のあ人には、気持ちよく仕事をしてもらえるように気を配らなくてなならない。

 

連絡帳の文章がそっけないと、

「我が子に関心がないんだな」とついつい思ってしまいますが、そういうわけでもなく、他にも大変なことがあって大変なんだと思います。

ちゃんと、子供の様子を細かく見てくれる先生ももちろんいますが、卒園式で涙を流す先生は、細かいことには手が回らなかったけど、それでも、その先生のベストを尽くされているのだと思います。

 

卒園式についても教えることがいっぱいあります。

先生は先生なりに、最後に保護者にお子さんの立派な姿を見せたい、という思いがあります。

卒園式の練習一つとっても、先生にはたくさんの思いが詰まっているのです。

 

今までは、いかに先生が大変な思いをしているかについて書いてきました。

 

次は、先生という職業の特権について書きたいと思います。

先生の特権とは、ずばり

 

子供の成長の瞬間に立ち会える

 

というものです。

 

保育園だったりすると

家庭よりも園で過ごす時間が長かったりします。

そうすると、先生は親御さんよりも多くの成長の瞬間に立ち会えるのです。

 

先生をしているとできないことができるようになったり、

何気なく発する子どもの一言に

胸を震わされることが何度もあります。

 

そのたびに

ありがたいな、と私は思います。

保護者に見せてあげたいけれど、その場にいるのは先生です。

こんな喜びの瞬間に居合わせることができて本当にありがたいと私はいつも思っています。

 

そこには子どもへの愛があると思います。

 

たくさんの子どもの変化を見てきたからこそ、卒園の日に先生は涙を流すのだと思います。

 

まとめますと、卒園式で先生が泣くのは

今までが本当に大変だった、けれど頑張っていたから

そして

子どもへの愛情があふれている、からだということです。

そして

その度合は、保護者の想像を超えるレベルだったということです。

 

私の担任の先生は、私の息子に対しては連絡帳を見ても通り一遍のことしか書いていません。

懇談のときも「あんまり見てくれていないな」ということが話からわかりました。

 

でも、大きな行事の後には涙を流している姿がありました。

 

わたしも、同じ先生として、全ての子どもの全てをわかっているわけでもないし、手がかからない子には、連絡帳に通り一遍等のことしか書けませんでした。

 

だからわかります。

 

先生も一生懸命お仕事されたんですよね。

ありがとうございます。

本当にありがとうございます。

 

今日は先生が卒園式流す涙に詰まっているものについて、私なりの考えを書きました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

皆さんの心が明るく軽く温かく元気になりますように。

温もり慈しみのエネルギーで満たされますように。